『資本の帝国』抜き書き(第四章「新しい帝国」) ― 2009/06/02
p. 127
イギリス、特に帝国初期のイングランドは、ローマ帝国以来、植民という方法で権力を強化することに成功した初めての帝国と自認していた…。イングランドにとっては、植民そのものが目的だった。
p. 128-130
1516年のこと、トマス・モアはのちに古典となった著作『ユートピア』で、イギリスの大作家としては初めて、異国の土地への入植を古代ローマの植民という名で呼んだ…。モアは一世紀後のグロティウスの理論を先取りしていた…。先住民を強制的に収奪することを正当化したのである。
p. 131-133
[イングランドの国内の植民地化の過程で]地主は市場の条件に応じて賃借料を変えられるようになり、小作地を貸し出す条件として土地の「改善」を求めることができた…。地主から土地を借りた借地農は、賃金労働者を雇用することが多かった…。「土地が政治的な機能と責務の基盤となるという中世的な概念から、土地は所得を獲得するための投資であるとみなす近代的な視点」(R.H.トーニー)への移行が最高潮になったのは16世紀だった。
p. 135
イングランドが新しい原則を試した「実験室」は…アイルランドだった。
p. 138
いわゆる伝統的な「需要中心の再分配的な経済」を、市場の命令に服する資本主義的な経済に、改造しようとしたのだった。
p. 141
イギリス人がアイルランドの土地を収奪できるのは、土地が占有されていなかったためではないし…耕作されていなかったからでもない…。イギリスの商業的な基準から判断して、十分な収穫と利益とをもたらしていないからである。
p. 142
ここで重要なのは、価値についての理論が転換していることである。商業的な帝国では、「安く買って、高く売る」非等価な交換によって価値が生まれるという交換価値の理論を採用していた。しかし新しい帝国では、生産の競争力を高めることで土地を「改良」し、農業の生産性を向上させることで価値が生まれると考えている。交換を価値の源泉とする商業的な価値の理論から、労働を重視する資本主義的な価値の理論に転換しているのである。
p. 147
資本主義にはどうしても解消できない矛盾がいくつも存在する。たとえば資本主義は競争のもとでの市場の命令を拡張しようと試みながら、一方ではこうした競争を抑止しようと試みる。また消費者の需要を増やす必要があるが搾取された住民は資産を失い、貧困に陥るために需要の増大は制限されざるをえない。
p. 148-9
大英帝国はアイルランド以外の植民地では、イングランドに固有の所有関係を作り出すことには失敗した…。しかし経済的な至上命令が貫徹するようになり、植民地で直接に強制力を行使し、海軍の力で貿易を支配しなくてもすむようになるまでは、きわめて長い時間がかかるものなのである。
※だとすると、少なくとも近世のイギリス帝国と十九世紀以降のイギリス帝国はやっぱりカテゴリーとして分けないといけないのではないか。
イギリス、特に帝国初期のイングランドは、ローマ帝国以来、植民という方法で権力を強化することに成功した初めての帝国と自認していた…。イングランドにとっては、植民そのものが目的だった。
p. 128-130
1516年のこと、トマス・モアはのちに古典となった著作『ユートピア』で、イギリスの大作家としては初めて、異国の土地への入植を古代ローマの植民という名で呼んだ…。モアは一世紀後のグロティウスの理論を先取りしていた…。先住民を強制的に収奪することを正当化したのである。
p. 131-133
[イングランドの国内の植民地化の過程で]地主は市場の条件に応じて賃借料を変えられるようになり、小作地を貸し出す条件として土地の「改善」を求めることができた…。地主から土地を借りた借地農は、賃金労働者を雇用することが多かった…。「土地が政治的な機能と責務の基盤となるという中世的な概念から、土地は所得を獲得するための投資であるとみなす近代的な視点」(R.H.トーニー)への移行が最高潮になったのは16世紀だった。
p. 135
イングランドが新しい原則を試した「実験室」は…アイルランドだった。
p. 138
いわゆる伝統的な「需要中心の再分配的な経済」を、市場の命令に服する資本主義的な経済に、改造しようとしたのだった。
p. 141
イギリス人がアイルランドの土地を収奪できるのは、土地が占有されていなかったためではないし…耕作されていなかったからでもない…。イギリスの商業的な基準から判断して、十分な収穫と利益とをもたらしていないからである。
p. 142
ここで重要なのは、価値についての理論が転換していることである。商業的な帝国では、「安く買って、高く売る」非等価な交換によって価値が生まれるという交換価値の理論を採用していた。しかし新しい帝国では、生産の競争力を高めることで土地を「改良」し、農業の生産性を向上させることで価値が生まれると考えている。交換を価値の源泉とする商業的な価値の理論から、労働を重視する資本主義的な価値の理論に転換しているのである。
p. 147
資本主義にはどうしても解消できない矛盾がいくつも存在する。たとえば資本主義は競争のもとでの市場の命令を拡張しようと試みながら、一方ではこうした競争を抑止しようと試みる。また消費者の需要を増やす必要があるが搾取された住民は資産を失い、貧困に陥るために需要の増大は制限されざるをえない。
p. 148-9
大英帝国はアイルランド以外の植民地では、イングランドに固有の所有関係を作り出すことには失敗した…。しかし経済的な至上命令が貫徹するようになり、植民地で直接に強制力を行使し、海軍の力で貿易を支配しなくてもすむようになるまでは、きわめて長い時間がかかるものなのである。
※だとすると、少なくとも近世のイギリス帝国と十九世紀以降のイギリス帝国はやっぱりカテゴリーとして分けないといけないのではないか。
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