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    <title>norihisa_yamashita@blog</title>
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    <pubDate>Fri, 01 Apr 2016 19:38:49 +0900</pubDate>
    <item>
      <title>新年度初日</title>
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      <pubDate>Fri, 01 Apr 2016 19:20:56 +0900</pubDate>
      <dcterms:modified>2016-04-01T19:38:49+09:00</dcterms:modified>
      <dcterms:created>2016-04-01T19:38:49+09:00</dcterms:created>
      <description>新年度初日。今日から総合企画室勤め。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
まず朱雀に出勤。&#13;&lt;br&gt;
部長から総合企画室と国際連携室それぞれに紹介をしていただく。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
デスクは週明けに準備できるとのこと。あとは名刺の手配、タクシー券の配給などこまごま。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
同じフロアの学事課へ行き、タクシー券、携帯電話など返納。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
教学部副部長としての残務、新入院生オリエンテーションでの研究倫理プレセミナー講師@朱雀。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
午後衣笠に移動して、同講師@衣笠。&#13;&lt;br&gt;
原木先生にご挨拶。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
空き時間や移動中に翻訳をちまちま進めつつ、学会誌の編集業務。&#13;&lt;br&gt;
読書進まず。&lt;br&gt;
</description>
    </item>
    <item>
      <title>職場復帰</title>
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      <pubDate>Sat, 02 Apr 2011 09:39:04 +0900</pubDate>
      <dcterms:modified>2011-04-02T12:56:20+09:00</dcterms:modified>
      <dcterms:created>2011-04-02T09:48:28+09:00</dcterms:created>
      <description>無事に帰国し、昨日四月一日より本務校に復帰しました。今年はカレンダーの都合などで、全学の入学に先立って学部の入学式が先に行われました。今年度からわが立命館大学国際関係学部では全単位英語で学ぶグローバル・スタディーズ専攻が発足し、学部長のスピーチも日英両語で話されました。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
教員の自己紹介は、時間の都合で日英どちらでも良いとのことでしたが、結局大半の教員が日英両語で挨拶しました。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
アメリカ、カナダ、ドイツ、ネパール、シンガポールなどの国々からこられた、国際色豊かな新任の先生方をたくさんお迎えし（その先生方は逆に多くの先生方が片言でも日本語も交えて語りかけてくださいました）、新入生も「これはおもしろいところにきたぞ」という表情でした。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
それにしても、結果的になにもかも日英両語になり（それどころか非英語圏を専門になさる先生には、日英両語どころか、三ヶ国語を交えて挨拶される方までおられ）、式次第に時間のかかること。今後、いろんなところで、これは課題になりそうな気がします。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
先生方のあいさつの中で個人的に印象に残ったのは、高橋伸彰先生の言葉。「複数の言語を学ぶことは、なにが翻訳可能で、なにが翻訳不能かを知ることだ」と指摘され、なにもかも翻訳可能であると「国際語」に押しつけることも、なにもかも翻訳不能であると母語に立てこもることも、あるいは傲慢でありあるいは怠惰であると述べられました。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
***&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
本日土曜日もオリエンテーション業務で出勤。今年は一年生向けの演習（クラスとして機能する）を担当。これから顔合わせ。どんな学生諸君が集まったか、おおいいに楽しみ。&lt;br&gt;
</description>
    </item>
    <item>
      <title>震災</title>
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      <pubDate>Sun, 13 Mar 2011 22:06:45 +0900</pubDate>
      <dcterms:modified>2011-03-14T03:38:56+09:00</dcterms:modified>
      <dcterms:created>2011-03-13T22:24:04+09:00</dcterms:created>
      <description>（震災後、山下の家族について安否を問う連絡をたくさん頂戴しました。ありがとうございます。山下の家族は全員無事です。さしあたり物的な被害もありません。以下は、地震当日の個人的な記録です。特に公共性を意図した記事ではありませんが、災害時に家族が海外にいた場合に起こったことの例として、ここに書くことにしました。）&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
*****&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
時差（イギリスは九時間遅れ）のため、地震当日、朝起きてPCを立ち上げると、ヘッドラインですでに地震が報じられていた。第一印象は「東北で地震か・・・」ていど。大地震とは思わず、まして東京に影響があるとは思わなかった。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
しかしメールに目を移すと、妻からツイッターのDMが届いており、「地震ありましたが、無事です。新宿から帰る目処なし」と書かれていて、「東京で帰る目処が立たない？　東北の地震じゃないの？」と混乱。あらためてウェブのニュースを見て「震度７、東京も震度5弱」という数字で客観的に大ごとだと理解。しかし「とりあえず無事でよかった。○○（息子の名）やお父さん、お母さんも大丈夫？」と、今思えば、間抜けというか、ひどい返事をする。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
妻からツイッターDMで返信。こちらから義父母宅に電話で安否の確認をしてほしい、と。携帯電話の通話機能、メール機能はアウトなのを、この時点で知る。公衆電話も大行列、と。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
さっそく義父母宅へ国際電話をかけたが、まるでかからず。これで事態が容易でないことがようやく感覚に浸透し、急に胸が苦しくなる。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
阪神大震災のときも、当時大阪に住んでいた両親に連絡がつかず、あせりまくったが、結果的には両親にはほとんど被害はなかったことを思い出して冷静になろうとする。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
そこで奈良の両親に電話してみる。これは通じ、まずは両親の安否を確認（関西も津波が報じられており、海辺に出かけている可能性もあったので）。奈良から義父母宅への安否確認を試みてもらう。しかし、奈良からのランドラインでも東京の義父母宅にはかからず。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
この間、妻が新宿から帰宅する方法がないかウェブ上の情報を探しまくる。しかしわかったのは、首都圏の鉄道が完全に麻痺しているということだけ。とにかくＰＣにはりついて妻との連絡が途切れないようにする。（ただ、京王と小田急は線路の巡回点検中という表示が途中で出るようになり、相対的に早い復旧を期待させた。）&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
市役所のサイトを見ると、義父母宅のあたりに停電が出ているという情報が上がっており、不安が増す。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
日本時間で六時を過ぎ、妻から「お迎え時間すぎた。母が迎えに行けたか不明。保育園に連絡してみてくれる？」とDM。保育園に電話するがやはりかからず。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
実は義父母宅に電話がかからなかったあたりから息子のことが気になっていたが、出先で立ち往生している妻に息子の話を出してもストレスを増やすだけだと途中で悟り、黙っていた。結果的に、自分の不安もそれでいくらかおさえられていたが、ここで息子の安否の確認が明示的にアジェンダになり、義母か息子、あるいはその両方が怪我などで身動きが取れていないのではないかと悪い想像が急激に心中で膨らんだ。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
他方、「お迎え」と聞いて、東京は日が落ちていることに思いがいたり、妻の今日中の帰宅が不可能であることをこちらでも悟る（自宅は新宿から妻一人ではとうてい歩けない道のり、電鉄各社のサイトもこの時点では動きなし）。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
今できることに集中するしかないと思いなおし、避難所情報をウェブで探し始める。ツイッターの検索機能を利用し、ある程度確かそうな情報を、どんどん妻にDMで送った（妻のiphoneの電源が心細くなってきており、ウェブにつなぎ続けて検索するわけにはいかなそうだったので）。また義父は技術系の人間なので、ひょっとしたら見るかもとおもい、妻の生存情報をグーグルの災害サイトに登録した。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
妻の提案で、奈良の実家から171に妻の安否の録音を試みるが、171は録音側は被災地域からのみ受け付けるしくみで果たせず。せめてとおもい、逆に義父母から録音がないか再生を試みてもらうが、録音なし。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
このあと一時間ほど避難所情報や帰宅困難者向けサーヴィス情報を送る。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
午後７時半ごろ、妻からDMで息子と義父母の無事を知らされ、ともかくほっとする。義母が通常通り保育園にお迎えに行ってくれたそうで、連絡がつかない以外は特に深刻なことはなかったようす。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
妻は、こちらの拾った「新宿高島屋が開放」の情報を信じ、新南口へむかったが、これは誤報だった。しかたなく、向いのホテルのロビーで休息をとる。ホテルからは水とカンパンの差し入れをいただいたそう。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
誤報に腹をたてていてもしかたがないので、善後策を探して、こちらからも情報を送り続ける。工学院大学の開放がたぶん確かな情報ということで、一応一夜を越す目処が立つ。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
実はこの日、こちらでは、私の送別会が予定されていた。正直、息子と義父母の無事を確認するまで、そのことをほとんど忘れていたが、家族の無事がわかって、「さてどうするか」となった。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
その会はある先生の自宅で開かれる会で、私のために準備してもらっており、結構な人数集まることも知らされていたので、ドタキャンは悪いという気持ちと、しかしすでにイギリスでも朝から地震報道一色で、当然彼らもそのことを知っており、被災国の人間を囲んでパーティなど向こうを困惑させるだけなのではないかという気持ちが同時に湧いた。不便で不安な一夜を過ごす妻に悪いという気持ちもあった。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
が、小一時間ほど逡巡ののち、彼らは私のために集まってくれる以上、少なくとも私が出て行って「私の家族は無事です」と告げるべきと思い至り、出かけることに。彼らから受けるであろう同情に丁寧に礼を言い、かつ穏やかさを保てるよう、イメージトレーニングをしつつ、妻には「そちらの時間で未明から早朝はすこし連絡がつきにくい」とだけ伝え、電話と携帯用wifiルータとipod touchをもって出かける。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
パーティは幸い場の雰囲気が壊れることもなく、私はつつがなく送られた。ホストの先生の人徳が大きい。感謝。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
帰るころには、日本は既に土曜の朝だったので、帰宅の道すがらに義父母宅に電話してみるとつながった。ちょうど妻、そして同じく都心の出先で足止めになり、避難所で一夜を明かした義父が、義父母宅に着いたところだった。全員無事に帰宅を知り安堵。聞けば、妻は結局、工学院大学ではなく、個人的に頼れる宿泊先を見つけられたとのことで、結果的には、この大惨事の中では、ほとんど何事もなかったに等しいていどのことですんだ。幸運としかいいようがない。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
翻って考えると、私がDMで送り続けた情報は、誤報か結局は利用されなかったものばかりだったが、妻曰く「つながっている安心感がよかった」とのこと。それはこちらも同じで、ツイッターがなかったら、はるかに長い間誰の安否も分からず、もっと深刻に不安を抱えてすごすことになっただろう。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
どこでも言われている教訓だが、災害に備えて何かあった場合の連絡の手段をできるだけ多く確保すると同時に（私と妻以外の家族にも非常用にツイッターなりフェイスブックなりのアカウントをもっておいてもらおうかという話がでている）、どの安否確認サーヴィスを使うのか（NTTの171以外にも、携帯各社やグーグルのサーヴィスなどいろいろありすぎて結局どれも使えなかった）についてあらかじめ決めておく必要を痛感した。そのていどのこともせず単身で海外に赴任したことを大いに悔いた。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
******&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
とりあえず家族は無事でしたが、震源に近い地域の惨状は日増しに深刻で、言葉が出ません。原発も予断をゆるさない状況が続きますが、ここにいては文字通り祈ること（あとできるだけ寄付の算段をつけること）しかできません。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
この週末は、仕事らしい仕事にはなにも手につきませんでした。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
帰国を早めることも考えましたが、どんなに頑張っても一週間程度しか早められず、それよりは予定通りにことをすすめ、帰国後頑張れる態勢をととのえて帰るほうがよいと考え、のこり二週間イギリスに留まることにしました。ウェブやテレビばかりみていると滅入るので、帰国のための部屋の片付けで気を紛らわせていますが、明日からはむしろ粛々と残った仕事を片付けようと思います。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
なお私の帰国は3/26日イギリス発、27日の午前日本着の予定です。&lt;br&gt;
</description>
    </item>
    <item>
      <title>学外研究</title>
      <link>http://norihisa-yamashita.asablo.jp/blog/2010/03/08/4934062</link>
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      <pubDate>Mon, 08 Mar 2010 23:03:16 +0900</pubDate>
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      <description>ご存知の方はすでにご存じかとは思いますが、来年度（2010年度）一年間、イギリスのサセックス大学において学外研究を行うことになりました。同学国際関係学部の客員研究員（Visiting Research Fellow）として、Benno TeschkeさんのMentorshipのもと、一年間の学外研究に従事します。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
昨秋のはじめにはすでに内定していたのですが、ビザが発給されるまでは公表は避けてきました。ようやく無事にビザの発給を受け、さしあたり本プログにてご報告する次第です。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
この学外研究にともない、来年度の立命館大学における私の担当科目はすべて閉講ないしは別の先生による代講となります。またこの学外研究を念頭に、昨秋以降、期日が2010年度にかかる新規の原稿や講演などの依頼は、原則的にお断りしております。なにとぞあしからず、ご理解ください。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
渡英は3/31を予定していますが、今月は準備であわただしく、また先方での住まいなどもまだ決まっていないため、来月中旬くらいまでは落ち着かないであろうことが予測されます。そのため、当面、山下とのコンタクトがとりにくい状況が続きますが、この点、重ねてあしからず、ご理解ください。メールは、これまでどおりのアドレスでイギリスでも読めるようにしてあります。できるだけ毎日確認するようにいたしますので、山下にご用の方は、メールでのコンタクトをお願い申しあげます。&lt;br&gt;
</description>
    </item>
    <item>
      <title>『ワインで考えるグローバリゼーション』続報</title>
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      <pubDate>Mon, 07 Dec 2009 13:04:48 +0900</pubDate>
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      <description>&lt;DIV class="asahi_editor_line"&gt;拙著『ワインで考えるグローバリゼーション』が、朝日新聞、読売新聞に続いて他のメディアでも紹介されているようです。&lt;BR&gt;&lt;BR&gt;ワイン専門誌『ヴィノテーク』の12月号に短い書評。業界では激辛で有名なコーナーなので、ビビリましたが、一命はとりとめました。&lt;BR&gt;&lt;BR&gt;なぜか『経済セミナー』の2009年12月/2010年1月号にも新刊紹介でとりあげられました。&lt;BR&gt;&lt;BR&gt;おそらく次の日曜日には京都新聞にも書評が出る予定。&lt;BR&gt;&lt;BR&gt;また毎日新聞の『エコノミスト』誌からも取材の依頼。１月のいずれかの週に掲載の予定だそうです。&lt;BR&gt;&lt;/DIV&gt;
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    </item>
    <item>
      <title>読売新聞でも紹介されました／北京出張</title>
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      <pubDate>Sun, 29 Nov 2009 16:31:07 +0900</pubDate>
      <dcterms:modified>2009-11-29T17:17:53+09:00</dcterms:modified>
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      <description>拙著『ワインで考えるグローバリゼーション』が本日付の読売新聞の読書欄でもとりあげられ、慶応大学の渡辺靖先生が書評をしてくださいました。たいへん温かい評で感激しました。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
昨日夜に北京から帰り、今日はやや遅めに起きてキャンパスへ。出張中にたまった雑用などを片付けたり、締め切りが近付いている原稿を書きすすめたりの一日でした。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
北京出張は、外務省の日中学術交流事業の一環で、立命館大学の国際地域研究所と中国社会科学院日本研究所が中心となって、来年一月に実施するシンポジウムの準備会合でした。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
初日は、北京の日本大使館に表敬訪問。夜は中国社会科学院主催の懇親会。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
二日目は、全四セッション、まる一日のワークショップ。私も「『白銀資本』と『和平的発展』」というタイトルで短い報告をしました。生まれて初めて自分の報告に通訳がつくとい経験をしました。あらかじめ報告原稿を通訳の方に渡してあったので、アドリヴの余地がなく、平均台を渡るような感覚で話しにくいこと。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
でも実は、出番が最後だったので、そこまでの議論に触発されて、アドリヴを追加したくなり、出番直前にアドリヴ部分のメモを通訳の先生にお渡ししてホラをふきました（楊先生、ありがとうございました）。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
夜の懇親会後、神戸大学の加藤弘之先生のご案内で、后海と三里屯も見学。グローバルな消費都市としての北京のいまを感じました。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
三日目は、朝、天安門広場と故宮を駆け足で散歩。でけー。昨日のワークショップの成果を整理し、ランチは豪勢に（といっても、ひとり2000円もかかってませんが）ラムしゃぶを食べて帰途に。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
中国語ができないせいで、これまで正面からは中国を論じてきませんでしたが、今後そうもいっていられないなという思いを強くしました。個人的にもたいへん勉強になった、実り多い出張でした。&lt;br&gt;
</description>
    </item>
    <item>
      <title>朝日新聞で紹介されました</title>
      <link>http://norihisa-yamashita.asablo.jp/blog/2009/11/08/4683268</link>
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      <pubDate>Sun, 08 Nov 2009 08:30:44 +0900</pubDate>
      <dcterms:modified>2009-11-08T08:39:25+09:00</dcterms:modified>
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      <description>10/22発売になつた拙著『ワインで考えるグローバリゼーション』（NTT出版）が今朝の朝日新聞の読書面「著者に会いたい」のコーナーで取り上げられました。実は先週末に京都に取材に見えられて、それが記事になったものです。ワインバー（伏見のすばらしいお店「ワインバー大元」です）で写真をバシャバシャと撮られて、三時間ほど雑駁な話をしただけなのですが、それが記者さんの手にかかるとストーリーになる不思議。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
朝日購読者の方はお目に留まれば幸いです。また朝日の読書面は毎週水曜日にほぼすべての内容が、ウェブでアップされますので、朝日購読者でない方は、明々後日の水曜日にbook.asahi.comへ。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
かつてほどの威光はないとの声もききますが、やはり朝日の読書面の効果は大きく、今朝amazon.co.jpをのぞくと、すでにワイン部門では１位に躍り出ていました。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
今日は国際政治学会に、学会員でもないのにゲスト出演。大沼保昭先生、鈴木菫先生、渡辺浩先生という超大物のパネルに討論者として。波乱の予感。&lt;br&gt;
</description>
    </item>
    <item>
      <title>低空飛行</title>
      <link>http://norihisa-yamashita.asablo.jp/blog/2009/10/24/4652768</link>
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      <pubDate>Sat, 24 Oct 2009 23:03:06 +0900</pubDate>
      <dcterms:modified>2009-10-24T23:09:47+09:00</dcterms:modified>
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      <description>蕁麻疹が一向に回復せず、だましだましの運転がつづいています。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
そんななか、先週末に『ワインで考えるグローバリゼーション』の見本が届き、昨日あたりから、ネットの本屋では販売が開始されたようです。&#13;&lt;br&gt;
大手の書店でも週明けくらいからぼつぼつ並ぶのではないかと思います。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
ワインで本を書いておきながら、医者から当面の禁酒を言い渡される状況に、われながらなにかが間違っているという思いですが、しばらくは身を慎んでひとつずつ仕事をこなしていこうと思います。&lt;br&gt;
</description>
    </item>
    <item>
      <title>どたばた</title>
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      <pubDate>Tue, 13 Oct 2009 23:05:51 +0900</pubDate>
      <dcterms:modified>2009-10-13T23:15:07+09:00</dcterms:modified>
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      <description>抗生物質が効き、熱が下がって、下腿の腫れがひいてきたので、職務復帰。&#13;&lt;br&gt;
午前は、千里高校に模擬講義の営業。真面目な学生諸君の姿と、熱心な先生がたに感銘を受ける。&#13;&lt;br&gt;
おわってすぐにモノレールに飛び乗り、南茨木で阪急に乗り換えて、西院へ。昼ごはんも食べずに西院からタクシーを飛ばして、なんとか一時半からの会議に間に合ったと思ったら、場所が知らないうちに変更されていて、結局、遅刻。&#13;&lt;br&gt;
その後会議をつごう三つハシゴして夕方。小一時間ほどたまった書類の整理をしてから学生の面談を二件こなして夜七時すぎ。&#13;&lt;br&gt;
来週の授業の準備をしながら帰宅して九時すぎ。&#13;&lt;br&gt;
蕁麻疹のせいか、どうも体の芯に力が入らない。&#13;&lt;br&gt;
効率が悪く、仕事にも正確さを欠くような気がするので、早めに就寝。&lt;br&gt;
</description>
    </item>
    <item>
      <title>蕁麻疹ふたたび</title>
      <link>http://norihisa-yamashita.asablo.jp/blog/2009/10/12/4628624</link>
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      <pubDate>Mon, 12 Oct 2009 06:33:47 +0900</pubDate>
      <dcterms:modified>2009-10-12T06:43:45+09:00</dcterms:modified>
      <dcterms:created>2009-10-12T06:43:45+09:00</dcterms:created>
      <description>10月も中旬。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
台風で神戸大学の非常勤はまだ顔合わせだけながら、先週から授業も本格始動。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
すこし疲れが抜けにくいなあと思っていたら、ふたたび蕁麻疹、プラスそれとは別に下腿におおきな腫れができてしまい、発熱する。最初にかかった医者が抗生物質を出してくれず、事態が悪化。休日診療の病院に駆け込んで点滴をうける。京都と東京の二重生活のせいでかかりつけ医が定まらず、こういうことがおこる。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
今日わが本務校は授業日ながら、今日も抗生物質の点滴の必要があり、やむなく休講。今週は、高校への出前講義があったり、週末には佐賀大学に出張があったりで、けっこう大変なんだけどなあ…。&lt;br&gt;
</description>
    </item>
    <item>
      <title>『ワインで考えるグローバリゼーション』</title>
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      <pubDate>Sat, 03 Oct 2009 16:30:06 +0900</pubDate>
      <dcterms:modified>2009-10-03T16:47:28+09:00</dcterms:modified>
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      <description>気がつけば、１０月。新学期もすでに始まっている。&#13;&lt;br&gt;
今学期は、２回生向け少人数論文指導、学部ゼミ、院ゼミ、週２回の基幹科目「国際文化・社会学」と神戸大学大学院国際協力研究科での非常勤「国際変動論」を担当、11月以降は、ラトガース大学への海外スタディの事前講義も始まる。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
9月はエントリーなし。理由は二つ。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
ひとつはツイッターをはじめて、こまごましたことは、そちらでなんとなく済んでしまうから。といいつつ、ツイッターも放置気味だが。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
もうひとつ（こちらが主原因）は、ずっと東京の自宅で『ワインで考えるグローバリゼーション』（NTT出版）の原稿を書いていたから。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
実際９月は、月始めに札幌にある付属校への営業、中旬に会議と院試で京都に２回ほど出勤、月末から新学期。あとは、ほんっとーに原稿だけ。一時は、刊行延期かとさえ思ったけれど、なんとか予定の１０月刊行に間に合う。本日、白焼を返送して、完全に私の手を離れる。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
さっき試しに検索してみると、すでにアマゾンでも予約が始まっている。売れるといいんだけど。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
しかし、年内はこのあと半月に一回のペースで締め切りが来るので、一息もついていられない。メールの返事も多方面で滞っていて、失礼しまくり。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
１０月に入ったということは、今年ものこり４分の１を切ったということ。なんとか乗り切っていかねば。&lt;br&gt;
</description>
    </item>
    <item>
      <title>八月も後半に</title>
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      <pubDate>Mon, 17 Aug 2009 01:21:05 +0900</pubDate>
      <dcterms:modified>2009-08-17T01:33:30+09:00</dcterms:modified>
      <dcterms:created>2009-08-17T01:33:30+09:00</dcterms:created>
      <description>入りました。&#13;&lt;br&gt;
一か月以上もブログ放置で、なんともはや。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
七月の後半は、学期末の校務の多忙（学生との面談が大半ですが）、こまごまとした学内の締め切り仕事に追われていました。七月末から八月初めにかけては、付属校向けの営業で、札幌出張も含めてまる五日つぶれてしまいましたし。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
おかげでこの夏で書き上げる予定のワインとグローバリゼーションに関する書き下ろしの本になかなか集中する体制がつくれず、現在泣きながら執筆中。そのほか短期的な締切として『比較文明』に『伊東俊太郎著作集』第7-9巻の書評論文、北海道新聞にトッドの『デモクラシー以後』の書評、そして六月にやった政治経済学・経済史学会のシンポのフォローアップ論文をそれぞれ8/17, 8/20, 8/31締め切りで。ひえー。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
たぶん今月はこのあとも更新は難しそう。かわりになるかどうかわかりませんが、ツイッターをブログに組み込んでみました。つかいこなせるかしら？&lt;br&gt;
</description>
    </item>
    <item>
      <title>気がつけば</title>
      <link>http://norihisa-yamashita.asablo.jp/blog/2009/07/11/4427758</link>
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      <pubDate>Sat, 11 Jul 2009 09:58:40 +0900</pubDate>
      <dcterms:modified>2009-07-12T10:24:49+09:00</dcterms:modified>
      <dcterms:created>2009-07-12T10:24:49+09:00</dcterms:created>
      <description>一週間も更新が滞ってしまった。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
この一週間分の備忘。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
日曜日&#13;&lt;br&gt;
ひさびさに少し朝寝。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
月曜日&#13;&lt;br&gt;
二時間目、輪読。ベック『グローバル化の社会学』第六章。&#13;&lt;br&gt;
三時間目、Socio-Cultural Studies。Ritzer, Macdonaldization of Society, Ch. 1&amp;amp;7。&#13;&lt;br&gt;
四時間目、学部ゼミのゼミ生と面談。&#13;&lt;br&gt;
五時間目、オムニバスゼミ。ハイブロウな質問がたくさんでる。&#13;&lt;br&gt;
授業後、いつもより少し早めに帰る。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
火曜日&#13;&lt;br&gt;
午前中、学部ゼミのゼミ生と面談。&#13;&lt;br&gt;
昼休み、学部ゼミのゼミ生と面談。&#13;&lt;br&gt;
午後、会議、13:30始まり、終わったら19:00前。疲弊。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
水曜日&#13;&lt;br&gt;
午前中、某対外連携案件で、N先生と打ち合わせ、そのあとすぐに資料作成。&#13;&lt;br&gt;
昼休み、オムニバスゼミの担当者で打ち合わせ。&#13;&lt;br&gt;
三時間目、学部ゼミのゼミ生と面談。&#13;&lt;br&gt;
四時間目、学部ゼミ。&#13;&lt;br&gt;
五時間目、院ゼミ。Adas, Machines as the Measure of Men, Ch.3。１９世紀に入り、いよいよ科学・技術という基準が前景化してくる。基準の一元化によって、空間的差異が時間的差異に読みかえられてくるところがポイント。&#13;&lt;br&gt;
細かい論点として、イギリスの保守主義者（カーライルやラスキン）が、内向きにはcon技術文明的だが、外向きにはpro技術文明的になるあたり、今日の（ポランニアン的な）反グローバリズム言説と微妙に重なるところがあって関心をひく。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
木曜日&#13;&lt;br&gt;
午前中、会議。&#13;&lt;br&gt;
会議後、新幹線に乗って東京へ。車中は、こまごまとしたメールの返事など。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
金曜日&#13;&lt;br&gt;
半年振りに自室の片付けをする。少しだけすっきりする。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
土曜日&#13;&lt;br&gt;
翌週の授業の準備。&#13;&lt;br&gt;
NTT出版のウェブ連載の原稿を書く。仕上がらず。&lt;br&gt;
</description>
    </item>
    <item>
      <title>独立記念日</title>
      <link>http://norihisa-yamashita.asablo.jp/blog/2009/07/04/4412962</link>
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      <pubDate>Sat, 04 Jul 2009 22:45:48 +0900</pubDate>
      <dcterms:modified>2009-07-04T22:49:22+09:00</dcterms:modified>
      <dcterms:created>2009-07-04T22:49:22+09:00</dcterms:created>
      <description>金曜日は、脱稿の反動で使い物にならず。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
土曜日は、東大の古矢洵先生に誘われて、都内某所で研究会。よりによって独立記念日にアメリカ研究の専門家に囲まれて報告をする。ポスト世界システム論の諸理論をアメリカ帝国の観点から整理する雑駁な話をする。&lt;br&gt;
</description>
    </item>
    <item>
      <title>ジョヴァンニ・アリギ、逝く</title>
      <link>http://norihisa-yamashita.asablo.jp/blog/2009/07/03/4410493</link>
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      <pubDate>Fri, 03 Jul 2009 09:22:13 +0900</pubDate>
      <dcterms:modified>2009-07-04T10:35:12+09:00</dcterms:modified>
      <dcterms:created>2009-07-03T10:35:38+09:00</dcterms:created>
      <description>このブログでも、『長い20世紀』のことなどで触れてきたジョヴァンニ・アリギが、去る6月18日にボルティモアで亡くなりました。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
ずっと悪いとは聞かされていたのですが、今年の初めにビンガムトン時代の友人から聞いた話では、とても末期とは思えない迫力で講演をこなしていたとのことだったので、あまり現実味をもって受け止めていませんでした。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
彼の最後のポストはジョンズ・ホプキンズ大学でしたが、私がビンガムトンにいたころは、彼もまだビンガムトンにおり、ちょうど『長い20世紀』を出したあとで、彼は東アジアが次のサイクルの中心を担うというテーゼを追求しようとしているところでした。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
当時の私は、東アジアを次のヘゲモニーと想定する彼の論調に、ついていけず（いまでは彼の議論がもう少しニュアンスのあるものだということもわかるつもりなのですが）、すこし引き気味で付き合っていました。しかし、思い返すと、英語が下手で、なかなか思うように自分の研究関心を伝えられなかった私に、最初にストレートに励ましを与えてくれたのは、彼でした。二つめのセメスターに、研究室に相談に行ったときのこと、部屋に入って椅子にかけるなり、「今学期に入って、急に存在感が出てきたじゃないか。みんなキミの理論家ぶりに驚いているよ」と彼が言ってくれたことは（今思えば、彼流の大げさな励ましだったのでしょうが）忘れられません。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
彼は理論家としての自分の天才を確信しているようなところがあり、Theoretical Studiesのクラスの冒頭、「この授業でオレが話すような図式的な議論のマネをキミらが、『自分にもできるかも』なんて、かんがえてもみるんじゃないぞ」と釘をさされて、仰天したこともよく覚えています。実際、日本ではあまり知られていない名著Geometry of Imperialismに出てくる帝国主義の類型的展開は、彼以外の手では不可能なアクロバティックでしょう。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
舞台上での論争になると実に明晰かつチャーミングで、2002年にカリフォルニアで開かれた世界システム論の学会大会で、彼がパトリック・オブライエンと繰り広げた論争は、本当に痛快でした。同じ大会では、私も自分の近世帝国論について報告しましたが、その報告を聞いて「ついにウォーラーステインとフランクを総合しようというやつが現れた」と評してくださいました。あまり単刀直入に私の意図の本質に迫る評言で、うまくお礼も言えませんでしたが。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
学生の立場からすると、かなり王様的なところもあり、ずいぶん雑巾がけをさせられた学生も実際いたようですが（私は免れましたが）、それでも不思議に周りにはつねに彼を慕う学生がたくさん集まりました。彼のイタリア語なまりの強い英語（ビンガムトンに慣れたころには、私でさえ、彼の口マネをして学生同士で笑い合ったものです）を、懐かしく思い出します。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
フランクに続いて、アリギも世を去り、この分野で学問形成をしてきた者としては、いよいよ自分で考えなくてはならなくなったという思いを強くします。&#13;&lt;br&gt;
&#13;&lt;br&gt;
ジョヴァンニの冥福を祈りたいと思います。合掌。&lt;br&gt;
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